その11

「夜にちょっと出かけてくるよ」

「お一人で、ですか?」

「うん、友達から連絡があってご飯食べに行ってくる」

「女の子ですか?」

「残念ながら男だ。」

学生時代の数少ない友人、井上から連絡があった、彼は今ミュージシャンとして活動している。音楽が個人主流になっている昨今で音楽を求められる存在はとてつもなく貴重だ。端的に言うと成功者である。学生の時、音楽の話で仲良くなって卒業した後も交流は細々と続いていた。日頃忙しく活動しているので連絡が来ることは滅多にないのだが向こうの気晴らしがてら食事に誘ってくれる。

 

「久しぶりだな、元気にしてたか?」

「相変わらずだよ、そっちも変わらず忙しそうだね」

「最近は調子良くてさ、創作活動が順調なんだよ」

「それは何よりだよ」

「今日は息抜きも兼ねて飲もうと思ってさ、付き合えよ」

「出されたものは残さないタイプだ」

アルコールは高級品だ。日々細々と暮らしている僕には気軽に手を出せる代物ではないが、成功者の彼は太っ腹で食事代はすべて彼持ちなので遠慮なくいただくことにする。アルコールとは厄介なもので気分が上がるし楽しくなることが多いのでついつい求めすぎてしまう人もいる。今も昔も酒のために働くタイプがいる。

 

「まだ昔の楽器触ってんの?」

「一生遊べるおもちゃだからね、相変わらずだよ」

「新しいもんにはホントに興味示さないよな、わざわざ面倒なことをするというか」

「その手間がかかるのが楽しいんだよ、回り道で見える景色もある。そういえばアンドロイドを買ったんだ初期の古いモデルだけど」

「アンドロイドまで旧式かよ、徹底してるな。そういえばそのせいなのか?ちょっと表情が明るくなったんじゃないか?」

「だと思う。よく笑う子でさ、うつったんだよ」

「アンドロイドはいいよな。人間みたいにめんどくさくないし、劣化しないから最高だよ。ま、優秀過ぎて人間の立場まで脅かされているけどな、音楽とかさ。」

「計算で作り上げるような作品は勝ち目がないよね、そんな中感覚で作り上げて人に響くものを作れる井上みたいのだけが生き残れる」

「ありがたいことに、作っていいよって言ってもらえてるからな。でも気を付けないと王様みたいに威張り散らすバカになるやつもいるから、そんな風にならないように気を付けないとな。そんなやつの最後は悲惨だからな」

「井上がそういう風なやつだったら友達にはなれなかっただろうな」

「友達と飲む酒は旨いわ。仕事がらみだと悪酔いしてしょうがねぇ」

気心知れた相手だと気を張ることもないから、気付くと僕もずいぶん酒が進んでいる。

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