その7

「うー」

眉間にしわを寄せて、口を尖らせ、自身の手を見つめている。

「上手くいかないだろ」

座椅子に背もたれながらギターを触りつつピアノに取り組む姿を眺める

「楽譜も理解しているし理屈もわかっているのに、体の電子回路が出来上がっていないだけでこんなにも上手くいかないものなんですね。音を再生するだけならインデックスの音源から簡単にできるのに。楽器、むずかしいです」

「同期出来ればそんなもどかしさ体験する事なんてないけど、それはアンドロイドとか作曲AIができる前の時代のものだから互換性なんて全くない。単体で音を出す仕組みしかないからね」

「ピアニストの運動電気回路を組み込んでくださいよ~」

「残念ながら、いくらなんでも人間の生態電気信号までは解析できてないからそれは無理な話だ」

助けを求めるようにそんなことをいう様子がまるで子供みたいで面白い。

「陽君、イジワルしてませんか?こんなに苦しんでいるのに笑うなんて」

「苦しんでいる割には全然やめないね、僕は別に強制しているわけじゃないよ」

「自分がこんなにできないことがあるのがとても面白いです、まだこんな気持ちがあるなんて」

「何か期限があるわけじゃない、ゆっくり練習すればいいさ、繰り返してれば電気回路も組みあがるでしょ」

「はい、がんばります」

楽しそうで何よりだ、音楽を聴いてくれるだけじゃなくて一緒に演奏できるようになれるかもしれないなんて予想以上だ。

「僕はこれから仕事の準備で出かけるけど、君はどうする?まだ練習しているかい?」

「え?ついていってもいいんですか?」

「興味があるなら構わないけど」

ずいぶん顔を輝かせるもんだから何か期待しているのだろうか、少したじろぐ

「前の時は、外に出ることは許されなかったので。うれしいです。」

前の所有者の所ではずいぶん人間みたいな行動や振る舞いは禁止されていたようだから外出もできなかったということか。

「ここはどんな街ですか?」

 

それからことある毎に一緒に出歩くようになった。最初のうちは、そりゃもう見えるものが新鮮でよく質問も飛んできた。子供を連れて歩くとこんな感じなのかなんて結婚もできないのにそんなことを思っていた。

日が経つと一人でも出歩くようになった。これに関しては迷子になったり事故にあわないかなんて、それこそ親が子供に対して感じるそれのように思ってしまったけど、所有物として扱いたくないからこれは許可すべきだなとも思った。

「危険なところには近づかないようにね、なんてホントにもう親みたいに心配しちゃうな」

「陽君ありがとう。こんなにいろんなことをさせてくれて。街にはいろんなものがあるしたくさんの人がいる。アンドロイドも私以外ものもいっぱいいた。情報として知ってはいたけど実際に見るのとはわけが違う。知ることは楽しいですね。」

こうして感情があれば成長するもんだ、それが怖くなってしまう感情もわからないでもないが、僕らは一緒にいられるから一緒に進んでいけるはずだ。

「いってきます。」

手を振って部屋を出ていく。

「待って!少しだけな何か買い物してもいいよ、いろいろ見てみるといい」

満面の笑みで手を振りながら駆けていくその姿を見送って、一人部屋に戻る。

よく笑うあの子につられて僕もよく笑うようになったように感じる。普段何もしていない時ですら口角が上がっているような気がするんだ、何気なく過ごしていた日常もやけに気づくことがある。雨の音が心地良かったり、風に運ばれてくる匂いを感じたり。

ふと思いついたような、思い出したような感覚だった。

 

「ただいま!」

「おかえり」

「ふふ、いつもと反対ですね。今日は陽君がおかえりと言ってくれました。」

「まさか誰かにただいまを言う日が来るなんてなぁ」

「陽君見て下さい。お買い物をしてみました!」

そう言って顔の向きを変えるので出かける前との間違い探しをする。控えめな小さな髪飾りが付いていた。

「髪飾りか。可愛いね。」

「本当ですか⁉可愛いですか?」

とても満足そうに微笑んで、小さな包みを渡してくれた。

「これは陽君の分、同じモチーフのブレスレットです」

「プレゼントまでもらえるとは、こんな日が来るなんてなぁ。…それじゃ、僕からもお返しをしよう。遅くなったけど名前を考えたんだ。」

「本当ですか⁉」

「うん…『エミ』君はエミ。君はよく笑うから、『微笑み』からとってエミ。気に入ってもらえたかな?」

「エミ、微笑みのエミ。…ありがとう陽君、すごく素敵です。」

目を細めて笑うその目の端に嬉し涙が滲んでいるように見えた。

もちろん涙を流す機能なんてないから、僕の妄想なんだろうけど。

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