番外編

これはエミがまだ別の名前で呼ばれていたころの話—

 

結婚をして5年、子供が出来たことをきっかけにアンドロイドの購入を検討する。かねてより便利ではあるが一部の金持ちしか所有できなかった代物が庶民にでも手が届く価格にまで抑えられるようになったとかで最近よく広告を見かける。妻の美咲も家にいることも少なく子供の相手も不安に感じているとのことで、もろもろ利便性は高そうなので少々無理をすることにもなるが長く使えるものだろう。

 

「はじめまして、あなたのお名前をおしえてください。」

「すごいわ、本当に動いた。私は美咲。」

「ミサキ、ハヤシ ミサキ。ご主人様の奥様ですね。」

「すごい、私が奥さんだってのもわかってる!」

基本的な情報の設定は業者にやってもらったが果たしてこれからまともに使えるのだろうか?人工知能がどれほどのものか分からないが色々試してみよう。

「ねぇあなた、この子自分の名前を聞いてるわ。何にしましょうか?」

「なんでもいいんじゃないか、外で呼ぶわけでもないし。」

「じゃあ私考えるわ。生まれてくる子が女の子だったらで考えてたのを使おうかしら」

歌を歌う機能もあって妻は「カナデ」と名付けてある意味、娘のように接していた。

 

無事に信広も生まれ、カナデには主に子守をしてもらった。子育ては話に聞く分には大変な作業ということでアンドロイドなんかにこなせるのだろうかと考えていたが、眠る必要もなくストレスもない機械であれば何かと都合が良いようで順調に私たちも楽をしながら信広は成長していく。

子育てをすべてアンドロイドに任せていると思われてはいけないのでカナデは自宅でのみ作業してもらっていた。

なんでもないある日、買い物に出かけていた妻と息子は帰ってこなかった。

私は警察に呼び出され病院に来るように言われた。

二人は事故に巻き込まれ二度と帰ってこなかった。

配達用のAIが誤作動を起こし車が暴走した結果運悪く妻と息子を巻き込んだとのことだった。

 

こうして私は独りになった。

 

家にはアンドロイドだけがいて私に話しかける、まるで人間のように。

会話は耐えきれなかったのでカナデには話すことを禁じた。必要なとき以外はいつもの作業をしてもらっていればいい、私はもう自身の身の回りのことすらできなくなっていた。

あまり喋らない私と対照的によく喋る妻と、妻によく似た好奇心旺盛な息子と一緒にいたカナデは色んなことを学んだのだろう。私を心配したり元気づけようとしたり、そんな人間らしい振る舞いは、その度に二人の事を思い出してしまい辛かった。

昔は得意なのであろう歌も良く歌っていたが、音楽など受け入れられるわけもなくそんな機能も使うことはなかった。

 

私にはもう生きる意味はない。終わりにすることを決断するのはそこまで時間はいらなかった。

ただカナデをそのままにするわけにはいかなかった、いくら機械と言ってもぞんざいに扱う訳にもいかないし、何よりこの子は私の様子に気づいて止めに来るのではと思ってしまった。

なので電源を切った後、自分の処理をすることにした。

ネットで調べ電源の切り方を見つける、カナデに触れた時、私はこれがカナデに触れたのが初めてだと気付いたのだ。

「すまない」

こんな終わり方にしてしまって、次はもっと優しい人の人のところに行けるように願ってるよ。箱にしまうとき、カナデは眠っているように見えた、せめていい夢を見て欲しいなんて変なことを頭に浮かべながら、私は準備を進めた。

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