長いフライトを終えて、
男はぐんと背伸びをした。
独自の文化を築き様々な表現をする
この国に男はかねてより憧れを抱いていた。
「すごいなぁ、何でも表現できそうだ」
街を見渡し感嘆の声を上げる、
自身の国にはないものばかりが目に飛び
込んできて男はこれからの事を想像した。
男は自身の国の中では表現しきれないものを
持っていた、そう信じていた。
だから自身の中すべてを表現するべく
一世一代の決心でほとんど身一つで
国を出たのである。
「まさに千差万別の国、表現者の聖地とは
よく言ったものだ」
独り言として漏らしたその言葉に
鋭く反応した人物がいた。
素早く男に近づき声をかけてくる
「あのぅ、少しよろしいでしょうか。
今『千差万別』と仰いましたか?」
急に声を掛けられ男は少し体を跳ね上がらせて
声のする方に顔を向ける、上から下に目線を
動かすと警察のように見える、
物々しいいくつかの装備品、
無線機のマイク部分は右胸に、
腰には警棒がありもしかすると拳銃も持って
いるのかもしれないがここからは見えない。
男は犯罪を起こし国外逃亡のためにこの国に
来たわけではないし、空港から降りてここ
までこの国のものにほとんど触れていない。
国にはそれぞれ法律があり条例があり
外国に出向いた際は意外なルールを知らない
うちに違反していたなんてこともあるが現状
まったく心当たりがない。
しかし無下にすることもできず、
恐る恐る応じることにする。
「あなたは見たところ外国の方ですね、
我々は表現取締り機関の者です。
先ほどあなたが使われた『千差万別』という
表現ですが、そちらは第3級表現に当てはまり
ますが、失礼ながら使用許可証は
お持ちでしょうか?」
「使用許可証?表現についてですか?
そんな物がこの国にはあるのですか?」
「はい、この国は多様な表現が
世界に認められ発展してきた国です。
すなわちそれぞれの表現はこの国の財産です、
うかつに使用されては価値が下がってしまう
ため分類を施し使用いただける人を分けて
いるのです」
「それは知りませんでした、私はこの国に
表現をするために来たのです、
表現することに制限を設けられるなんて
とんでもない、私はその許可証を持っていない
のですがどこで発行されているのでしょうか」
「そんなことは知りません。我々は許可証を
確認して許可なく使用する者を取り締まる
のが仕事です。そのほかの事はあなた自身で
調べて下さい。」
何ということだ、こんな話は
聞いたことがない。
自分の仕事内容以外の事には対応しないこの
機関というところもどうかしている。
「まぁ、外国の方だ。知らないのも
無理はない。ここは大目に見まして今後は
使用許可証のない分類の表現は口にしなければ
問題ありませんのでお気を付けください。
今回の違法使用についても目を瞑りましょう」
「わかりました。そうしたら、その分類という
やつの一覧みたいなものは…
まぁ、自分で探します」
「もちろんです。ちなみに知らなかったと
仰いますが、念のためその他の使用許可証を
ご提示願えますか?もし何一つ許可証をお持ち
でないというのなら今すぐに言葉をしゃべるの
をやめてください。今ならまだ目を瞑れます、
従えないのなら身柄を確保します」
バカなっ!そう声を荒げそうになったが
そうはいかなかった。
開いた口が塞がらないはずなのに、
その口は閉じなければならないようだ。
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